ここまで来たらぜひシルクロード横断登山の記録もご覧下さい

山のアルバム(アジア編)



仙人峰と仁寿峰
僕の始めての海外登山。21歳の夏であった。
ソウル大学農学部山岳部と名古屋大学山岳部との合同岩登りによるものである。
登ったルートは10本以上。中には仁寿峰最長ルートの東洋ルートや
困難なことで有名なシェイナードAといったルートも有る。
各ルートを案内していただいたソウル大学の学生さん方には感謝。
毎晩の飲み会での会話も忘れられない。



85年ソウル大名大合同岩登りの記録へGO



タール火山(295m)
フィリピンはマニラ郊外タガイタイにある湖上の火山。89年5月4日に登った。
わざわざ登りに行く山ではないが、アジア横断登山行で最初に登った山として個人的に印象深い山だ。
たまたま遠くに見えたから登った。情報も何もなかった。そういう山登りも僕は好きだ。





アポ山(2950m)
ミンダナオ島にあるフィリピン最高峰
共産ゲリラが出没する地域を通過しなければならない。
登頂に困難は無いが、いつ誘拐されるかも知れず現地の治安を考えるととても今では登りに行く気がしない。
当時は自分もまだ随分と若く怖いもの知らずだったのだろう。
89年5月9日に登頂。
麓のジャングルには温泉が湧いていた。






キナバル山(4101m)
マレーシアのボルネオ島にある東南アジア最高峰
頂上まで整備された登山道がある。
最高点はローピークと言い簡単に登れる。
周辺にはドンキーイヤーやビクトリアピークと言った岩峰があり、岩登りの対象になる。
今度来るときは登攀具を持ってパートナーと共に登り
たいと思った。89年5月15日登頂。登山道の周辺
には珍しい食虫植物が生え、美しい蝶が舞っていた。





ティラカラール(CB49a)(5964m)
インドヒマラヤ、ヒマチャルプラデシュ州CB山群中央
部の山。大学5年生の時、名大山岳部インドヒマラヤ
登山隊で登った。イギリス隊に続いての第二登。
87年8月7日に登頂。登山そのものも印象深いもの
だったが、準備段階の苦労も忘れられない。






アケラキラ(CB46)(6005m)
ティラカラール峰に続いて登った6000m峰。
過去の隊は頂上稜線に達したところで引き返してい
るので、自分たちが真の絶頂への初登頂者なのだろう。
避暑地マナリの上部にあるロータンパスの正面に見えるきれいな三角錐の山だ。
登頂には正面の急な雪壁を登るが容易でない。
しかも頂上は雪尻で守られていた。
87年8月13日名工大山岳部の大鐘氏と共に登頂した。
頂上の雪尻を始めて突破したのは大鐘氏である。
87年夏の冒険の記録へGO





雪蓮南峰(6527m)
日本山岳会東海支部が4次にわたって遠征隊を出した雪蓮峰の南峰。
シルクロードのキャラバンも強烈な印象を残す。
知る人ぞ知るウルタルの英雄、山崎彰人氏と共に89年7月14日初登頂した。
頂上からは2,5kmの険しい稜線の先に雪蓮本峰が見えた。
自分は4次隊に参加できず。本峰には登頂できなかったが、
この山は自分に海外遠征の厳しい試練を与えてくれた。下は本峰への稜線。
                               





ムスターグアタ(7540m)
中央アジアパミール高原の高峰。
自分が登った山の中で最も高い。
登山許可の関係で地元中国人の2人とパーティーを
組んで登ったが、実質的に単独登山だったと言っても差し支えないだろう。
89年8月18日に登頂したが、当時は単独で7000m峰に登頂した日本人は決して多くなかった。
不退転の決意で未明の最終キャンプを発ち、たった
一人で頂上に向かったときの高揚感は今でも自分の人生の応援歌になっているような気がする。






マングリンサール(5800m)
シルクロードのど真ん中シムシャル峠にある目立つ山。
自分の最高の登山と言えるシムシャル峠漂流登山の際に登った。
頂上稜線を渡り南峰にも登頂。単独で狼におびえつつ、一人用テント一張りの
小さなベースキャンプを設営、1週間にわたり付近
の山を登りまくり、4つの未踏峰を含む6峰の5000峰に登頂した。
登山もさることながら、シムシャル谷の遊牧民たちのライフスタイルは興味深かった。
この山には89年9月16日に登頂。あれから20年
近くたったが、今もシムシャルの人たちは元気にしているだろうか?







ガルダンデス(5320m)
シムシャル峠の真横に聳える岩峰。
登頂は裏手にルートを見つけたが、それでも慎重な
単独岩登りを要した。89年9月18日に登頂。
初登頂である。
あれから20年。僕の後にシムシャル峠周辺で登山を行った人はいるだろうか?
おそらく今だに僕しか登っていない岩峰なのだろう。






シュルトヤズサール(5900m)
おそらくシムシャル峠周辺で最も高い山と思う。
写真は頂上からのもの。
89年9月17日に登頂。これも初登頂です。
単独でクレバスのある氷河を進み登頂した。
奥に見える山々は全て未踏。
自分の幸運に感謝する瞬間だ。
シムシャル漂流登山の記録へgo






デマバント(5601m)
イランの最高峰。富士山のような山だ。
ひたすら登れば頂上に着く。98年10月25日に登
頂した。現地で出会った蝶収集家の三浦氏と共に登れた。
雪のある時期に登れば豪快なスキーが楽しめると言う。
コンディションが良ければそれは楽しい山スキーになるだろう。






漢拏山(はんらさん1977m)
韓国の最高峰、済州島にある。
通常は山頂ドーム付近は入山禁止になっているが、
エベレスト2回登頂者石川富康氏のコネで今回頂上までの入山が許された。
同行してくれた韓国の友人たちに感謝。
登頂に困難はないが、崩壊部には注意が必要である。
97年3月9日に環太平洋環境調査登山で登頂。





クリュチェフスカヤ(4750m)
 知られざる北の荒野、カムチャッカ半島にある巨大な活火山。
実は太平洋西岸の最高峰でもある。
富士山みたいな山だが、標高は1000mも高い。
緯度も高い位置にあるため決して甘い山と
はいえないだろう。しかし自分にとっては登山のための準備活動が印象深い。
環太平洋環境調査登山最初の関門だった。
95年6月26日に6人の登山隊全員が登頂できた。
 季節を選べば夢のようなスキー登山ができる可能性のある山だ。





トルバチク(3682m)
 環太平洋環境調査登山で最初に登った山。
張り切って登ったのはいいが環境調査とビデオ撮影に忙しく、山の写真が少ないのが残念だ。
 この山は50年ほど前に大噴火があり山の形がまるっきり変わってしまったことで有名だ。
 ベースキャンプまでは巨大な蚊の大群に悩まされた。頂上は大きな噴火口から更に雪の稜線を
半日登ったところにあった。95年6月21日に登頂。
日本人初登頂でもあり、写真が少ないのがくれぐれも残念だ。
写真は別の時のもの。僕らはスカイラインを渡り最高点のオーストリートルバチクに登頂した。






アグン(3142m)
インドネシアの観光地バリ島にある火山。
麓の寺院群の迷路を突破するのが核心か。
よほどの山好きでもなければバリ島に来てもこの
山に登ろうとは思わないだろう。
景色は良い。97年4月1日に登頂。





アジア横断登山行
アジア横断登山行
僕の青春の登山行であり、自分の人生のマスターピースでもある。
シムシャル谷漂流登山の記録
シムシャル谷漂流登山の記録
シルクロードのど真ん中で遂に夢の実現の時が来た